編集長のコラム


「通える田舎」である、京都市左京区静市市原に

2013年春に移住してきた経緯や

裏庭や、貸し農園での畑仕事から得られること

11年のシングルマザー生活のこと

昨年からのステップファミリーとしての暮らし

放送大学教養学部での心理学での学び

親子の確執、いじめ被害の体験

パニック障害を自力で克服したこと

そして、仕事や、この「Roots」のこと

いろいろ話していきたいと思います。

 


「生きる力」って結局なんだろう?

一日遅れましたが、本日、オープンします!


といっても、まだ、このコラムのみです。

体調を崩したり出張が重なってしまい

遅れ気味になっております。


最初のコラムですので、まず、私の想いについて

これまでの経緯を含めて、書いてみたいと思います。


私は、現在、編集ライターをしています。

元保育士で、実際に大阪の北摂で保育士をしていました。

 

その後、コピーライターになる夢をあきらめきれず

(株)リクルート『とらばーゆ』の編集者に転身。

 

せっかく勉強したことが、役に立たない

日本の学校制度に疑問を持ち始めます。


何となく進学し、何となく就職。

そして、3年ほど経ったら『とらばーゆ』を見て転職。

みんなが社会人になってから自分探しをする国。

不思議だなと思いました。


結婚して、子どもを産んだら

子どもたちに「世の中にはいろいろな仕事がある」

ということを伝える活動をしたいと願いつつ結婚。

 

問題を抱える夫との結婚生活に疲れ9年で離婚しましたが

三人の子どもに恵まれ、シングルマザーとして

11年間、親族に支えられながら育ててきました。

(昨年、再婚した夫には心身ともに支えられています)


結婚後、フリーの編集ライターとなってからも

興味のある「教育」や「心身の健康」に関する

媒体を中心に仕事を請け負ってきました。


長女は、現在、二十歳でいわゆる「ゆとり教育」に

翻弄された世代だと言えると思います。


幸い、長女の担任の先生は「生きる力」をお持ちで

総合教育では、校庭のたんぽぽを積んで

たんぽぽコーヒーを作るなど、面白い授業を

いろいろしてくださっていました。


とはいえ、では「生きる力」が育ったかというと

それは疑問です。


また、「生きる力」に深く関係していると思われる

「自己肯定感」ですが、これについては

「親が子どもを否定せずに、心から褒めていれば育つ」

と、私は思っていました。


しかし、これも一概には言えないようです。


「自己肯定感」というものは、どうやら

親の「言動」ではなく

親自身が「どれだけ持っているか」が伝わるもの

……というのが、20年間母親業をやってきて

感じることです。


親子関係が良好で、たまたま親の思ったように

子どもが育った場合、子どもに素直に自己肯定感が育つ

ということはあるようです。


しかし、親がどれだけ子どもを認めていても

親自身の自己肯定感が低い場合、

それが、鏡のように映し出されることもあると思うのです。


つまり、子どもを素直に褒めたところで、

親自身が、自己肯定感が低ければ

子どもの自己肯定感を高めることは難しい。

……ということを、私は感じています。


そんな自分自身の体験と、子育ての体験

そして、カウンセリングや、子育て相談、恋愛相談を受けるなかで

感じてきた「生きる力とはなんぞや?」という疑問を

私自身も、見つけていきたくて、

この情報誌を立ち上げることにしたのです。


その他にも理由はあります(プロフィールにも書いています)が

また、コラムでお話しできればと思います。




さて、第一回目の『生きる力』インタビューですが

すでに、今月初旬に、東京で終えています。


まだ、原稿のOKをいただいていないため

公開することができません。もう少しだけ、お待ちください。


実は、このインタビューでいきなり、

「『生きる力』や『自己肯定感』は言葉では伝わらない」

と、この企画そのものをダメ出しされてしまいました。


正直、面食らってしまいました(笑)。


その理由については、詳しくは、後日公開される

『生きる力』インタビューをご覧いただきたいのですが。


今回、創刊号でインタビューさせていただいた方は

私にとっては「長老」です(と勝手に思っております)。


私の思う『生きる智慧』をお持ちの方なのです。

そして、その方が定義する『生きる力』についても

文科省のそれよりも、とても納得できるものなのです。


それゆえ、この方の言葉を尊重し

この媒体のコンセプトを、

「生きる力」を育て直す あらため

「生きる力」を育て直す“きっかけ”

と謳いたいと思います。


もちろん、あくまでも内々のコンセプトとして。

あまり説明っぽくなると、

覚えていただけなくなると困るので。


言葉は、確かに、あくまでも“きっかけ”です。


それでも何らかのタイミングで

誰かの心にほんの少しだけでも波動が届けば……

というぐらいのつもりで、

謙虚に、そして、丁寧に

きっかけとなる情報を発信していきたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。